何だか自分の性格が嫌だなぁと思う事、自分の発言で不安になる事が多すぎて振り返りがてら自分の事を見直してみたいと思います。
私は小学生まで本当に人見知りで自分が友達と呼べる人はほとんどいませんでした。幼稚園の頃はあまりにも喋らな過ぎて担任の先生からの卒業のコメントが「⭕️⭕️ちゃんとはあまり喋らなかったね」みたいな文面でした😆成長して発見した時中々衝撃なメッセージでした😳
幼稚園入学までは両親と姉妹と田舎の何もないようなとこで過ごしてたんですが毎日が楽しかった思い出があります。
幼稚園入学時に父の実家に住む事になりそこから祖父母との生活が始まりました。
我が家は自営業をしていて、父と母は朝から晩まで働きづめ。子供達の面倒は祖母がほとんどみてくれてました。
私が覚えてる中で初めての挫折は幼稚園の時に衣替えで本当は夏服なのに冬服をきていって周りの友達に違うとはやしたてられたことです。あの頃は幼稚園生でも歩いて子供同士で行っていたので全く親も衣替え忘れてることにも気づいてませんでした☝️(私もすぐ忘れるけど💦)あの頃の私に忙しい親の気持ちなんか分かりません😅
小さいながらに何か恐怖を感じた私は次の日押し入れに閉じこもり登園拒否を起こしました。
後、記憶にあるのは幼稚園の遠足の時に落とした箸を使った時、周りの友達に洗わないと汚いと言われたことです。何だか辛かったのを覚えてます。
子供だから悪気もなくそんなことを言ったんだと思います☝️うちの子もそんな事よく言ってます。今考えればあの時親も仕事で忙しい、担任の先生は大人しい子供と思ってるので私と関わる事もなく誰も気持ちに気づいてくれなかったんでしょうね😅
そんなこんなで小学生まではこんな私といてもつまんないではないかと思い込み中々芯の友達はできませんでした。
それに加えじぃちゃんは、普段は優しい人でしたが飲んだら人が変わるやばいじぃさんで少しでも友達が家にこようものなら一晩中その事をぐじぐじずぶるとんでもないような人でした💦
またばぁちゃんに育てられたようなもんなので洗濯物を取り込むのは自分の仕事と思い友達と遊ぶ約束しても洗濯物取り込む2時くらいまでには帰らなきゃいけなかったので人と遊ぶにも気を使う毎日でした。
文章化すると中々自分が悲惨な環境でそだったんだな💦と思うんですがその時はそれが当たり前だったので普通のことだと思って生活してました☝️
高学年になり友達と音楽発表会を聞きに行って終わるのが5時過ぎてたので明らかに帰りは6時前。我が家では当時4時にはお風呂、5時にはご飯というルーティンがあったので6時前にしかつかないと言うことはとんでもないことで集中して友達との生活を送れなかった事を覚えてます。まだその時はみんな何で怒られないんだろ?くらいな感じでした😅
5、6年の頃の私は無理して友達作らなくても自分の時間で生活すればいっかぐらいな感じでした。だけどそんな私に近づいてきてくれた子がいたんです。
その子とは今でも大親友で離れていても絆は繋がってます。
その子も片親で親は仕事だったのでほとんどおばあちゃんに育てられてました。だけど私とは真逆で習い事もしてるし優しいばぁちゃんに可愛がって育てて育ったんだなと言った印象でした。いつもニコニコしていて周りの人も明るくなるようなそんな子でした☝️
なんせ優しかった。私は幼稚園の頃から周りはいじわるな子しかいなかったと思って生きてきたのでなんだか初めて新しい人種に出会えた瞬間でした。
中学生になって部活が始まる事もあり急に門限がゆるーくなりました。そして私は恋をした❤️小学生までもゆるく話しただけで好き好き言ってましたが今回は一目惚れ(今思えば全然かっこよくなかったけど)当時は一目見るだけで楽しい毎日を送ってました。絶対両思いだと思ってたけど簡単にあっさり彼女ができてしまった。そして私も引き下がらないといけないくらい大きな事件を起こしてしまいました💦
本当に恥ずかし過ぎて内容は自粛します。
そんな私に恋をする資格はないと思いました。丁度その時たまたま仲良かった友達とも喧嘩をしていてその事件をきっかけに私は1人になりました。
せっかく楽しんでもいいんだと思える自分に出会えたのに、自分は楽しむ資格はない人間だと思い込むようになりました。
その事件についてはクラス中で噂になり、当時転校生だった子で私と仲良くしてた子にまで火の粉が飛びました。一部男子はしつこくて高校になるまでその事言ってくるやつがいました。
けどあの頃の自分は必死で楽しむ資格はないけど1人になりたくない。という気持ちが凄く必死でつくろって生きていたと思います。幸いなことに噂はクラスくらいで学年にまでは広まってなかったので部活で仲がいいことは何食わぬ顔で付き合いをしてしました。
自分がした事を忘れてはいけないのですが本当になかったことにしたいくらい想定外の出来事でほんとに何食わぬ顔でやり過ごしてました。なので少しずつ周りのクラスメイトも話しかけてくれたしその後の中学生活で2年生以降はその事に関する問題も起きませんでした。
そんな中私は部活を頑張ってました。だけど運が悪いのか何なのか部活を頑張る気はあったのにメンバーには恵まれませんでした💦頑張りたかったのに家庭の事情等もあり2年生の時に全員で辞める事になりました。
せっかくの青春時代共に頑張ろうと思える信じ合える仲間にも会えなかった💦
部活をやめて暇になった私は夕刊配りのバイトを始める事になりました。それは中学卒業するまで続ける事が出来ました。けどお金を持つようになりまた近くにコンビニができた事もありバイト代はほとんどローソンに消え私の脂肪へ変わっていきました。その頃の生活が今のコンビニスィーツ辞められない病につながるんでしょうね😅
そしてなぜか新聞配りのバイトを元に一年生の時喧嘩して許してくれなかった子が話しかけてくるようになりました。その時思ったのは頑張っていれば最悪なことをしても簡単に帳消しにはなるんだなと思いました。
中2は部活のメンバーはもちろんクラスのメンバーも最悪で平気でいじめが起きるようなクラスでした。いじめと思わず遊び感覚で楽しんでいるクラスメイトがいたんです❗️その子も今思えば家庭環境が悪かったのではないかと思う今日この頃ですがなんだか衝撃的なクラスメイトでした。私もプロジェクターの入れ物の中に閉じ込められた事がありました。他の子はロッカーの中に閉じ込められました。かと言って仲が悪い訳ではないしいじめてるという自覚があるような感じもありませんでした☝️
なんとなーくそんな環境を脱し、三年生ではなぜかクラスの人気者になる事ができました。とてもいいクラスだった❗️みんな仲良しと言った感じです。そして担任の先生が何より良かった❗️本当に出会った環境は大事だなと思いました。後1人私の考えを変えてくれた人に出会いました。その子はクラスの優等生タイプで図書委員。頭もよく真面目な人という印象でした。そこが思い込みでいざ話してみるとめちゃくちゃ自由な人で見てるだけで面白い人でした⭐️好きな歌手も渋くて何だか大人の女性といった感じでした☝️とりあえず自分の好きな事に突っ走ってる感じで初めてこの人好きだなと思えた瞬間でした。相手がどう思ってても私は好き。みたいな感じです。
そしてまた恋をする事ができたんです❤️だけど過去の出来事がまだ自分を許してなくて両思いのような気もしたけどなんの進展もなく高校へ入学しました。
次回へ続く。
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